2026年イグ・ノーベル賞全10部門まとめ 「鼻のかみ方」で日本人が20年連続受賞、蚊の口を3Dプリンターにも活用

2026年イグ・ノーベル賞全10部門まとめ 「鼻のかみ方」で日本人が20年連続受賞、蚊の口を3Dプリンターにも活用 #news
2026年イグ・ノーベル賞の全10部門を解説。日本は1977年の「鼻のかみ方」の研究で20年連続受賞。キスの進化、ゴキブリミルク、跳ねない小便器、蚊を使った3Dプリンター、土に埋めたパンツまで、笑えて考えさせられる研究の科学的背景と注意点を紹介します。

🏆 2026年は初のスイス開催、「笑わせて、考えさせる」10研究が受賞

一見すると冗談のようで、詳しく調べると科学的な意味が見えてくる研究をたたえる「イグ・ノーベル賞」の2026年受賞者が発表されました。第36回となる今回は9月3日、35年間続いた米国開催を離れて初めてスイス・チューリッヒで授賞式を開催。主催するImprobable Researchは、イグ・ノーベル賞を「まず人々を笑わせ、そして考えさせる」成果を称える賞と位置づけています。今年のテーマは「FUNGI(菌類)」で、紙飛行機が飛び交う会場では本物のノーベル賞受賞者がプレゼンターを務め、長すぎるスピーチを巨大な3本のバナナが止めに来るという恒例のユーモアも健在でした。2027年の授賞式はベルギー・アントワープで開催される予定で、イグ・ノーベル賞は米国発のイベントから、より国際的な科学イベントへと新たな段階に入っています。

今回の10部門は、キスの進化から「ゴキブリミルク」、尿が跳ねない小便器、蚊の口を利用した3Dプリンター、土に埋めたパンツまで、タイトルだけを見ると強烈です。しかし実際には、進化生物学、流体力学、構造生物学、マイクロ加工、土壌生態学などにつながる研究が並んでいます。また「今年発表された面白い研究」を選ぶ賞ではないことも特徴で、日本の医学賞は1977年、経済学賞は2012年、嗅覚賞は2017年の研究です。何十年も前の研究が突然再評価されることがあるのもイグ・ノーベル賞ならではです。公式発表に基づく2026年の全10部門を整理すると、次のようになります。

🔬 キス・ゴキブリミルク・鼻のかみ方――前半5部門

  • 💋 生体力学賞「キスを科学的に定義」
    マチルダ・ブリンドル氏らは、人間以外の動物にも適用できるよう、キスを「争いではない状況で、同種個体が口と口を直接接触させ、唇・口器を多少動かし、食物を受け渡さない行動」と定義。霊長類のデータと系統解析から、大型類人猿の祖先では約2150万~1690万年前にキスが存在した可能性を推定しました。ネアンデルタール人についてもキスをしていた確率が高いとの結果が出ていますが、研究チーム自身が利用可能な観察データの少なさを重要な限界として挙げています。
  • 💰 経済学賞「社会階級が高いほど非倫理的になる?」
    ポール・ピフ氏らの2012年研究は、高級車ほど横断歩道などで道を譲らないかを観察したり、「子ども用」と説明されたキャンディーを参加者が何個取るかを調べたりする7研究から、高い社会階級と非倫理的行動の関連を報告しました。ただし、その後の追試では同じ効果を再現できなかった研究や結果が混在した研究もあり、「裕福な人ほど倫理観が低い」という一般法則が確立したわけではありません。この面白い結論だけでなく再現性まで考えさせるところも、現代的に読み直すと興味深い受賞です。
  • 🪳 化学賞「高エネルギーなゴキブリの“ミルク結晶”」
    胎生ゴキブリ Diploptera punctata が胚へ供給する栄養物から形成されるタンパク質結晶を原子レベルで解析した研究です。タンパク質だけでなく糖や脂質を含む高密度な栄養貯蔵構造で、牛乳由来タンパク質と比べ非常に高いエネルギー密度を持つことが注目されました。ただし「ゴキブリミルクを人間向けスーパーフードとして飲もう」という研究ではなく、本質は生体内で成長した複雑なタンパク質結晶の構造解析にあります。
  • 👃 医学賞「正しい鼻のかみ方を空気力学で研究」
    1977年に海野徳二氏と矢島洋氏が発表した研究で、鼻をかんだ際の呼気速度、量、時間、外耳道の圧力などを測定しました。左右を同時にかむだけでなく、片方の鼻を閉じることで反対側に強い気流を発生させられることなどを定量的に調べています。約半世紀前の「日常すぎて誰も測ろうとしない疑問」が評価された形で、故・海野氏の受賞により、日本関係者の受賞は2007年から20年連続となりました。
  • 🐍 生物学賞「毒ヘビを繰り返し踏んで、いつかむのか調査」
    防護ブーツを履いた研究者が毒ヘビの頭・胴・尾などを慎重に踏み、個体の大きさ、性別、気温、時間帯などと咬みつき行動の関係を調べた研究です。ただし非常に重要な後日談があります。この2024年論文は2025年にScientific Reportsから撤回済みです。研究機関の動物倫理委員会が、新生ヘビと「soft stepping」を使う実験は承認された範囲に含まれていなかったと確認したことが理由で、著者らは撤回に同意していません。つまり2026年のイグ・ノーベル賞には、撤回済み論文まで含まれるという異例の結果になりました。

🚽 尿の跳ね返りから「蚊ノズル」まで――後半5部門

  • 🚽 物理学賞「尿が跳ねにくい小便器」
    流体が表面へ衝突する角度と飛沫の関係を調べ、さまざまな身長の人でも浅い角度で壁面へ当てられるオウムガイ状の小便器を設計しました。笑えるテーマの裏には、清掃、水使用量、衛生、利用者の身長差まで考慮した流体力学があります。
  • 🦟 技術賞「蚊の口を3Dプリンターのノズルにする」
    雌の蚊の口吻を超微細ノズルとして再利用する「3D Necroprinting」を開発。約20μm幅の線を形成でき、内部圧力約60kPaにも耐えました。ハニカムやカエデの葉だけでなく、がん細胞や赤血球を含むバイオ足場の造形も実証しています。単なる珍発明ではなく、生物が進化させた微細構造を工業部品として直接利用するバイオハイブリッド工学の研究です。
  • 👶 嗅覚賞「赤ちゃんはいい匂い、思春期以降はそうでもない?」
    ポーランドの親235人に367人の子どもの体臭を評価してもらったところ、子どもの年齢が高くなるほど「心地よい匂い」という評価が低下しました。研究者らは、乳幼児の匂いを快く感じる仕組みが親子の結びつきや養育行動に関係する可能性を提案しています。ただし実際の匂いを実験室で測定した研究ではなく、親による主観評価を使った探索的研究である点には注意が必要です。
  • 🕊️ 平和賞「自分の敵には意地悪な友人を好む」
    米国とインドなどの参加者を対象に、自分・他人・自分が嫌っている人物に対して「理想の友人」にどう振る舞ってほしいかを調査。人は単純に誰にでも親切な友人だけを求めるのではなく、自分には親切であっても、自分の敵には必ずしも親切でない人物を評価する場合があることを示しました。友情には善良さだけでなく「自分の側に立ってくれるか」という連帯や忠誠の要素が含まれることを示唆しています。
  • 🩲 土壌科学賞「パンツを埋めれば土の健康が分かる?」
    25カ国以上で1000枚の同じ綿製下着を埋め、約2カ月後に掘り返す大規模な市民科学プロジェクトです。綿の主成分セルロースを土壌生物が分解するため、布がどれほど消失したかを土壌生物活性の分かりやすい指標として利用できます。高価な分析装置ではなく、誰でも結果を目で確認できる「Underpants Index」という発想により、一般市民を土壌研究へ参加させた点にも科学コミュニケーション上の価値があります。

🇯🇵 日本は20年連続受賞、「鼻をかむ」だけでも立派な科学になる

2026年の日本からの受賞は、故・海野徳二氏による「鼻のかみ方―擤鼻の気体動力学的研究―」で、日本関係者の連続受賞記録は20年に伸びました。特に興味深いのは、受賞論文が1977年1月発表、つまり約49年前の研究だということです。鼻をかむという極めて日常的な行動でも、流量計や圧力計を使って「本当に適切な方法は何なのか」を定量化すれば研究対象になります。イグ・ノーベル賞では過去にも、バナナの皮の滑りやすさ、哺乳類の排尿時間など、身近すぎて研究対象に見えない現象を真剣に測定した日本の研究が評価されてきました。今回の受賞も、「当たり前だから調べる必要がない」ではなく、当たり前だからこそ実際に測って確かめるという科学の基本姿勢を象徴するものです。

一方、今回の受賞研究をすべて「科学的に確定した事実」と受け取らないことも大切です。キスの進化研究には観察データの少なさという限界があり、社会階級と非倫理的行動の研究には再現性をめぐる議論があり、毒ヘビ研究に至っては動物実験の倫理承認を理由に論文そのものが撤回されています。それでも主催者が掲げる「Laugh, then Think」という言葉の通り、奇抜なテーマを入口にして、研究方法、統計、再現性、研究倫理、社会的意義まで考えさせることこそイグ・ノーベル賞の面白さです。単なる「変な研究ランキング」ではなく、「そんなことまで科学で調べられるのか」と研究の裾野を広げる賞として見ると、10部門の印象もかなり変わってきます。

プレゼンターはすべて本家ノーベル賞受賞者で、2019年経済学賞を受賞したエステル・デュフロ氏、2019年経済学賞を受賞したアビジット・バナジー氏、2019年物理学賞を受賞したミシェル・マイヤー氏、2001年生理学賞を受賞したティム・ハント氏、1999年物理学賞を受賞したジェローム・フリードマン氏の5人。ただし、フリードマン氏は前年度と同じくリモートによる参加でした。

🔎 まとめ:笑える研究ほど、科学の本質が見えてくる

2026年のイグ・ノーベル賞には、キスの起源、ゴキブリの栄養結晶、正しい鼻のかみ方、毒ヘビ、小便器、蚊の口吻、子どもの匂い、友情、そして地中のパンツという強烈な研究がそろいました。しかし共通しているのは、**「誰も真面目に調べそうにない疑問を、実際に測定・実験して確かめる」**という姿勢です。日本は約半世紀前の鼻の研究によって20年連続受賞を達成しましたが、撤回論文の受賞や再現性問題を抱える研究も含まれており、2026年は「面白い結果」だけでなく「科学とはどのように信頼性を確保するのか」まで考えさせられる、まさにイグ・ノーベル賞らしい年になりました。

📚 参考・出典

・Improbable Research「The 36th First Annual Ig Nobel Prize Ceremony」
・Improbable Research「2026 Ig Nobel Prize Winners」
・Improbable Research「About the Ig Nobel Prizes」
・Evolution and Human Behavior「A comparative approach to the evolution of kissing」
・PNAS「Higher social class predicts increased unethical behavior」
・J-STAGE「How to Blow the Nose — An Aerodynamic Study of the Nose Blowing」
・Scientific Reports「Retraction Note: Study of defensive behavior of a venomous snake」
・PubMed「3D necroprinting: Leveraging biotic material as the nozzle for 3D printing」
・PubMed「Babies Smell Wonderful to Their Parents, Teenagers Do Not」

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