科学における大前提のひとつは「再現性」です。誰が実験しても同じ結果が得られることによって、初めて知見は信頼できるものとされます。しかし心理学の分野では、2010年代初頭から「再現性の危機(Replication Crisis)」が深刻に議論されるようになりました。
かつて信じられていた有名な心理学実験の多くが追試で失敗し、実際には効果が存在しない、もしくは非常に弱いことが明らかになっています。ここでは、心理学者マルコ・ジャンコッティ氏がまとめた「再現できなかった有名な実験」を紹介します。

再現性の危機とは?⚠️
- 2015年の大規模調査では、直近の心理学論文100本を追試した結果、再現できたのは39本のみ。
- Nature誌の調査によると、70%以上の科学者が「他人の実験を再現できなかった経験あり」、さらに**50%以上が「自分の実験すら再現できなかった経験あり」**と回答。
つまり、心理学だけでなく、科学全体における信頼性が大きく揺らいでいるのです。

再現できなかった有名な心理学実験一覧 📉
🪫 自我消耗効果(Ego Depletion)
「自制心はバッテリーのように消耗する」という仮説。1998年のバウマイスターらの論文で支持されましたが、2016年の大規模追試で効果は確認されませんでした。
さらに「ブドウ糖で自制心が回復する」という関連研究も再現されず、否定的見解が強まっています。

💪 パワーポージング効果
腰に手を当てたり、大きなポーズをとると自信が高まるとされた効果。2010年に大きな注目を集めましたが、2015年以降の追試では再現されず。2016年には論文の共著者自身が「効果は本物だと信じられない」と撤回しています。
🧩 プライミング効果
先行刺激が行動を左右するという有名な実験。たとえば「高齢者に関連する単語を見せると歩行速度が遅くなる」など。しかし2012年の追試で再現性は低く、「無意識のプライミングは存在するが、元論文の効果は疑わしい」と結論づけられました。

🔮 ESP予知効果
超感覚的知覚(テレパシーや予知能力)を実験的に示したとされる2011年の研究。しかし後の追試で科学的に支持されず、「既存の推論で説明できる」と判断されています。
🧼 清潔さと道徳心
「清潔な環境は道徳心を左右する」とした2008年の研究。しかし2014年の再現実験では効果が確認できず、「サンプルサイズの偏りによる誤解」と結論づけられました。

🍪 飢餓とリスク欲求
空腹時にリスクを冒してでも報酬を求めやすくなるとした2006年の実験。2016年の再現研究では主要な効果が観察されず、仮説は再考の必要があるとされています。
🗓️ 心理的距離と解釈レベル理論
未来の出来事は抽象的に、近い出来事は具体的に処理されるという理論。国際的な大規模検証(73の研究所による協力)でも妥当性に疑問が呈されています。
❤️ 排卵と好み
「妊娠可能期の女性はイケメンをより好む」という説。2014年のメタ分析で示されましたが、その後の複数研究で再現されず、支持する根拠は弱まっています。
🍭 マシュマロテスト
有名な「子どもの自制心と将来の成功」を関連付ける実験。2018年の再検証で、自制心よりも家庭の経済的・社会的背景が大きな影響を与えていると結論付けられました。
📊 女性と数学成績
「ステレオタイプが不安を誘発し女性の数学成績を下げる」という説。追試では効果はごく小さく、普遍性が疑問視されています。
😄 笑顔フィードバック効果
笑顔を作ると気分が良くなるとされた1998年の実験。しかし後続研究では効果は弱く、誇張されていた可能性が高いとされています。
🎶 モーツァルト効果
「クラシック音楽を聴かせると知能が向上する」という1993年の研究。大規模調査で再現されず、神話的効果であると結論づけられました。
🌍 バイリンガルの認知的優位
「バイリンガルは認知能力が高い」という説。2018年の追試では効果が条件依存的で、普遍的なメリットは確認されませんでした。
まとめ 📌
心理学の「再現性の危機」は、研究全体の信頼性を大きく揺るがしました。
- 多くの実験は「完全な誤り」ではなく、効果が小さい、条件付き、誇張されていたというケースが大半。
- ただし追試の方法や条件も多様で、「本当に効果がないのか」「条件次第で再現できるのか」の判断は依然として難しい課題です。
それでも、心理学を含む科学分野は再現性を重視することで進歩してきました。
有名な実験が再現できなかったことは、失望ではなく、科学がより健全で透明な方向へ進んでいる証拠とも言えるでしょう。

