思想の予防接種とは?誤情報や陰謀論に騙されないための新たなアプローチ
世の中には、誤情報や陰謀論が驚くほど広がりやすくなっています。その中には、考えるとすぐに見抜けるものもあれば、非常に巧妙で真偽を判断しにくいものもあります。ケンブリッジ大学のサンダー・ファン・デル・リンデン教授は、こうした誤情報や陰謀論に対抗する方法として「思想の予防接種」を提案し、人々が騙されにくくなることを目指しています。
思想の予防接種の背景とその意義
ファン・デル・リンデン教授は、オランダで育ち、反ユダヤ主義の陰謀論が今も広まっていることを知り、プロパガンダの影響力と人々がなぜ信じてしまうのかに興味を持つようになりました。この研究の基盤には、「人は、病気へのワクチン接種のように、誤情報や陰謀論に対しても防御反応をつけられるのではないか」という考え方があります。思想の予防接種は、以下の2段階のステップで構成されています。
- 誤情報やプロパガンダに対して警告を行う
- 興味を引くがだまされない程度の「弱体化した誤情報」にさらす
この方法によって、人々は徐々に免疫をつけ、誤情報に対して耐性を持つことができるとされています。
思想の予防接種の誕生:冷戦時代から始まったアイデア
このアイデアが初めて生まれたのは1954年、朝鮮戦争後の出来事がきっかけです。当時、アメリカ人捕虜の一部が共産主義に共鳴して中国に残る決断をし、多くの人はこれを「洗脳」の影響と考えました。心理学者ウィリアム・マクガイア氏は、この捕虜たちが共産主義のプロパガンダに抵抗できなかったのは「無菌状態」で育っていたからではないかと仮説を立てました。そこで彼は、自明の事実に対してあえて反論を突きつける実験を行い、思想にも予防接種が可能であることを示しました。
実験から見えてきた思想の予防接種の有効性
ファン・デル・リンデン教授が2000人以上を対象にした調査では、誤情報に関する警告を受けた被験者は、その後に誤情報に接しても影響を受けにくいことが示されました。この影響は、気候変動に懐疑的だった被験者にも見られ、思想の予防接種の効果が確認されています。さらに、2018年にはファン・デル・リンデン教授らが開発したオンラインゲーム「Bad News」が登場。これはプレイヤーがフェイクニュースを広める側を体験することで、誤情報に対する耐性をつけられるという趣旨のゲームで、プレイした人々がフェイクニュースに騙されにくくなることが確認されています。
思想の予防接種への反論と課題
一方で、このアプローチに懸念を示す専門家もいます。コーネル大学の心理学者ゴードン・ペニークック氏は、「感情を喚起する言葉」は正しいニュースにも含まれていると指摘し、思想の予防接種が本当のニュースへの信頼性を損ねる可能性があると述べています。また、思想の予防接種が個人に対するアプローチであるため、ソーシャルメディアの誤情報拡散という構造的問題を無視してしまうという意見もあります。
思想の予防接種の未来と可能性
2023年に行われた研究では、思想の予防接種を含む9つの方法が誤情報を見抜く力にどれほど効果があるかが検証されました。その結果、単独のアプローチで誤情報に完全に耐性をつけることは難しいものの、複数の方法を組み合わせることで一定の効果が得られることがわかりました。ファン・デル・リンデン教授も「思想の予防接種は有効だが、ソーシャルメディア企業などの構造的対策も同時に必要だ」と述べており、個人と社会両方の対策が求められています。
また、「フェイクニュースの戦術を解説する動画」をYouTube広告で流すことで、人々のフェイクニュースを見抜く能力が高まるという研究結果もあります。「フェイクニュースの戦術を解説する動画」をYouTube広告で流してフェイクニュースを見抜く能力を高める試み – GIGAZINE
まとめ:思想の予防接種は誤情報対策の一歩
思想の予防接種は、誤情報に対して個人の免疫力を高める有力なアプローチです。誤情報が広がりやすい現代において、情報リテラシーを高めるだけでなく、こうした「思想の免疫」をつける方法がますます重要になってきています。
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