
戦場の傷は終わっていない——元日本兵の「戦争トラウマ」は家族の中で連鎖する
終戦から80年。節目の年に合わせて戦争報道が増え、私たちの関心も高まっている。とはいえ、節目の有無にかかわらず「戦争を現在形で考える」ことは欠かせない。そんな今読むべき一冊が、『ルポ 戦争トラウマ――日本兵たちの心の傷にいま向き合う』(後藤遼太・大久保真紀/朝日新書)だ。
本書は、戦場で負った心の傷が家や社会に持ち帰られ、PTSDとして現れ、世代を超えて続いているという現実を、丹念な取材で描き出す。被害は過去に閉じ込められていない。いまも続いている——その事実が重くのしかかる。
書籍の骨子——「当事者」だけで終わらない被害の構造
本書は、2023年8月から朝日新聞に掲載された連載を大幅に加筆修正したルポルタージュ。ポイントは、元兵士(一次世代)の心の傷だけに留まらず、子(ニ次世代)・孫(三次世代)へ拡がる影響まで光を当てている点だ。
戦地から帰還した人のトラウマは、個人の中で燻り続け、時に家庭内暴力(DV)や児童虐待の形で噴き出し、見えない遺伝子のように家族関係の中を伝播する。これを「世代間トラウマ」「トラウマの世代間伝達」と呼ぶ。
ルポの核心:尾添椿さんの家族に起きていたこと
「優しい祖父」の影にあったもの
漫画家・尾添椿さんが10歳で出会った祖父は、物静かで優しい人に見えた。いじめにあった彼女に寄り添ってくれる、「きちんと接してくれる唯一の大人」でもあった。
だが一方で、父の太ももには焼けただれた大きな痕、背には刺し傷。父の口から出たのは、祖父による暴力の記憶だった。「真っ赤に焼けた火かき棒で殴られた」「背中は刺された」——尾添さんが知る祖父像とは、あまりに違っていた。
戦地の記憶が家庭に流れ込む瞬間
やがて祖父は語る。「暖炉の炎の奥に、殴り殺された血まみれの中国人の死体が燃えているのが見えた。感情が爆発して、とにかく誰かに暴力を振るわないと『ここから逃げられない』という気持ちになる」。
祖父は満洲事変で志願、尋問の通訳として連日「殴る/やめてくれ」の間に立った。爆発音のフラッシュバックに苛まれ、帰国後も心の安全地帯は戻ってこなかった。晩年、祖父の枕元から見つかったメモには、震える筆致で**「コロサレタクナイ スマン」「ニゲタイ」**と刻まれていた。
連鎖は次の世代へ——「支配」と「沈黙」
祖父の死後、父が家族を恐怖と圧力で支配するようになる。尾添さんは食卓で声を出せない場面緘黙に。のちに発達性トラウマ、うつ、PTSDと診断された。
「父も大変だった」の思いと、「それでも暴力は許されない」の間で揺れる自責。尾添さんが向き合わざるを得なかったのは、祖父の戦争だった。
彼女は最終的に家を出て、2020年に戸籍から離れる**「分籍」**を選択。体験は『そんな親、捨てていいよ。――毒親サバイバーの脱出記録』にも綴られている。
医学・社会の視点:なぜ「世代間トラウマ」は起きるのか 🧠
- PTSDのコア症状(侵入症状・回避・過覚醒)は、治療を受けず長年持続すると、怒りの爆発や解離、依存など対処行動として家族に向かうことがある。
- 子どもは家庭の空気を読み、過剰適応や沈黙で耐え凌ぐ。これが後年、不安障害・うつ・対人困難として表出しやすい。
- 家族内で語れない過去は「秘密」となり、役割の逆転(親化する子)や感情の凍結を生む。結果、トラウマが見えない遺産として引き継がれる。
重要なのは、「加害/被害」の単純化ではなく、戦争が家族にもたらした構造的な暴力を見抜く視点。責任追及と同時に、ケアと回復のルートを社会が用意できるかだ。
私たちにできること:連鎖を断ち切る5つの実践 ✅
- 記録する・語る:家族史を「事実」と「感情」に分けて丁寧に書き出す。語りの安全な場(対面/オンライン)を確保。
- 専門支援につなぐ:トラウマに強い臨床心理士・精神科、地域の相談窓口(DV・虐待・グリーフケア)へ。
- 境界線(バウンダリー)を引く:暴言・暴力には距離を置く権利がある。緊急時は公的機関へ。
- セルフケア:睡眠・食事・運動の基本を整える。呼吸法・マインドフルネスは過覚醒の沈静に有効。
- 社会的リテラシーを高める:PTSD/複雑性PTSD、世代間トラウマの知識を学校・職場・地域で共有し、偏見を減らす。
まとめ——「過去」は終わらない。だからこそ、いま向き合う
『ルポ 戦争トラウマ』が示すのは、戦争の終わりとトラウマの終わりは一致しないという厳しい現実だ。
戦地の記憶は、沈黙と暴力を介して家族へと形を変えながら生き延びる。それを断ち切るには、知る→語る→つなぐ→守るという具体的な実践が要る。
「戦争を知らない世代」こそ、戦争の帰結としてのトラウマを学び、ケアの社会化を進める当事者だ。節目の年を、連鎖を止めるための出発点にしたい。
