ADHDの「脳の成熟の遅れ」は見かけ上の差だった?大規模MRI研究が性差の影響を指摘

ADHDの「脳の成熟の遅れ」は見かけ上の差だった?大規模MRI研究が性差の影響を指摘 #news
ADHDの子どもは大脳皮質の成熟が遅いという定説に、大規模MRI研究が異議を提示。約1万1000人の脳画像を分析した結果、従来の発達遅延は男児と女児の発達速度の違いを反映した可能性が判明しました。研究の内容と注意点を詳しく解説します。

🧠 ADHDの有力仮説だった「大脳皮質の成熟遅延」を再検証

注意欠如・多動症(ADHD)は、不注意、多動性、衝動性などによって学校生活や仕事、対人関係に支障が生じる神経発達症です。その成因には遺伝、脳機能、発達環境など複数の要素が関係すると考えられていますが、単一の原因は特定されていません。なかでも長年注目されてきたのが、「ADHDのある子どもは大脳皮質の成熟が数年遅れる」という仮説です。ところが、バーモント大学を中心とする研究チームが約2万6500件のMRI画像を再解析したところ、これまでADHD特有の発達遅延とみられていたパターンは、男児と女児の平均的な発達速度の違いを十分に考慮しなかったことで生じた可能性が示されました。

の仮説の基礎となったのは、2007年に発表されたフィリップ・ショー氏らの研究です。同研究では、ADHDのある子ども223人を長期的に追跡し、注意、判断、自己制御に関係する前頭前野などが、ADHDのない子どもより遅れて最大皮質厚に達する傾向が報告されました。成熟の進み方そのものは似ているものの、ピークに到達する時期が平均で数年遅れるという結果は、「ADHDは脳が未成熟な状態にある」という説明の根拠として広く引用されてきました。ただし当時の研究は画期的だった一方、現在の大規模データ研究と比べると対象者が少なく、男女比や個人差を細かく分離することにも限界がありました。

🔬 1万1000人超を追跡するABCD研究のMRIを分析

新たな研究では、米国の大規模プロジェクト「Adolescent Brain Cognitive Development(ABCD)研究」から、男児5782人と女児5311人、合計1万1093人のデータが使われました。複数回の検査で得られた計2万6496件のMRI画像から大脳皮質の厚さを測定し、成長に伴って皮質が薄くなる速度と、保護者が回答した注意問題の評価との関係を調べています。大脳皮質が薄くなることは必ずしも脳の衰えを意味せず、子どもから青年期にかけて不要な神経接続が整理され、神経回路が効率化していく正常な発達過程の一部です。

分析で重要だったポイントは次の通りです。

  • 男児では、女児よりも年齢に伴う皮質菲薄化が平均的に緩やかだった
  • 注意問題のスコアは男児で高い傾向がみられた
  • 性別を十分に区別しない解析では、注意問題と皮質成熟の遅れが関連して見えた
  • 男女別に分析すると、注意問題と皮質菲薄化の速度との有意な関連は消失した
  • ADHDの遺伝的リスクが高いほど皮質成熟が遅れるという証拠も確認されなかった

つまり、「注意問題が多い集団には男児が多い」「男児の皮質は平均的にゆっくり薄くなる」という2つの特徴が重なることで、ADHDそのものに脳成熟の遅れがあるように見えていた可能性があります。これは統計学で交絡と呼ばれる現象で、第三の要因を適切に調整しないと、本来は直接結び付いていない2つの特徴に関連があるように見えてしまいます。

⚠️ 「ADHDは単なる男女差」という意味ではない

今回否定されたのは、「大脳皮質がゆっくり薄くなることを、ADHDに共通する単純な発達遅延マーカーとして扱える」という考え方です。ADHDそのものが存在しない、症状が性差だけで説明できる、あるいは生物学的な基盤がないと示した研究ではありません。ADHDには高い遺伝性があり、実行機能、報酬処理、注意ネットワーク、神経伝達物質などさまざまな要素が関係すると考えられています。また、今回用いられたのは医師によるADHD診断だけではなく、保護者が評価した連続的な「注意問題」のスコアです。そのため、臨床的に診断されたすべてのADHD患者について、脳発達の違いが存在しないと結論付けることもできません。

研究チームが強調しているのは、集団平均として確認された脳構造の差を、そのまま個人の診断に利用する危険性です。MRI上の皮質厚には性別だけでなく、年齢、遺伝、思春期の時期、睡眠、薬物治療、撮影装置、解析方法なども影響します。さらに「男児の脳」と「女児の脳」が完全に二分されるわけではなく、両者の分布は大きく重なっています。脳画像だけを見てADHDの有無を判定できる段階にはなく、現在も診断では幼少期から続く症状、複数の生活場面での困難、日常機能への影響などを総合的に確認する必要があります。

🧬 診断増加と遺伝的リスクの変化を示す別研究も登場

ADHDや自閉スペクトラム症(ASD)の捉え方が時代とともに変化していることは、デンマークの約3万7000人を対象とした別の研究からも示されています。1994年から2016年までに診断された人々を調べたところ、ADHDやASDと診断された集団の平均的な遺伝的リスクは一般集団より高い状態を保っていたものの、診断年が新しくなるほど差が小さくなっていました。その一方で診断者数は大きく増加しており、研究者は、診断概念の拡大、成人や女性への認知向上、医療へのアクセス改善などにより、以前なら見逃されていた比較的多様な特性の人が診断対象に含まれるようになった可能性を指摘しています。

この結果も「診断が増えたのはすべて過剰診断だから」という意味ではありません。過去には、教室で目立つ多動性や衝動性を示す男児が中心に発見され、不注意が中心の女児や、幼少期に症状を補えていた成人は見逃されやすい傾向がありました。診断対象の広がりは、これまで支援を受けられなかった人を発見できる利点がある一方、異なる背景を持つ人々を単一の脳画像パターンや遺伝指標で説明することを難しくします。今後は「ADHDの平均的な脳」を探すよりも、症状の種類、性別、発達段階、併存症、治療反応などを区別した研究が重要になると考えられます。

✅ まとめ:有名な脳科学の定説も大規模データで見直される

今回の研究は、長年ADHDの特徴とされてきた大脳皮質の成熟遅延が、男女の構成比と発達速度の違いによって生じた「見かけ上の関連」である可能性を示しました。2007年の研究が誤りだったと単純に切り捨てるのではなく、当時より大規模で精密なデータを利用できるようになったことで、従来の仮説をより厳しく検証できた結果と捉えるべきです。

ADHDは一つの脳領域の成長速度だけで説明できる単純な状態ではありません。今回の発見は、ADHDの生物学的基盤を否定するものではなく、性別や個人差を無視した単一の脳画像マーカーに頼るべきではないことを示しています。将来的には、脳画像、遺伝情報、行動評価、生活環境を組み合わせ、個人ごとの症状や治療反応を説明できる研究へ進むことが期待されます。

参考・出典

  • Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)
    「Attention problems and cortical maturation in a large longitudinal sample of youths: The importance of accounting for sex differences」
  • PubMed
    「Attention problems and cortical maturation in a large longitudinal sample of youths」
  • Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)
    「Attention-deficit/hyperactivity disorder is characterized by a delay in cortical maturation」
  • University of Vermont Larner College of Medicine
    「New Study Shows Previous ADHD Brain Maturation Finding May Reflect Sex Differences」
  • JAMA Psychiatry
    「Changes in Genetic Contributions to ASD and ADHD by Year of Diagnosis」
  • Medical Xpress
    「Case of mistaken patterns: Slow brain development linked to ADHD for years might just be sex differences」
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