近年、健康志向や環境問題、動物愛護の観点からベジタリアンやヴィーガンといった菜食主義の食生活を選ぶ人が増えています。これまでの研究では、菜食主義者は「動物福祉への関心」や「環境への配慮」といった利他的な側面が強いとされてきました。
しかし、この伝統的なイメージを覆す新たな研究結果が発表されました。ベジタリアンは、肉を食べる人(非ベジタリアン)と比較して、**「個人の達成」や「社会的権力」**といった価値観をより強く重視する傾向があるというのです。
ポーランドのSWPS大学の社会心理学者が行ったこの研究は、菜食主義者の動機やアイデンティティをより根本的な価値観の視点から捉え直す、非常に興味深い内容です。

ベジタリアンを「食生活」ではなく「アイデンティティ」として捉える
これまでの研究の多くは、単に動物性食品の消費量に基づいて菜食主義者を分類していました。しかし、今回の研究を主導したジョン・ネズレック氏らは、ベジタリアンであることは、単なる食の選択ではなく、明確な社会的アイデンティティであると指摘します。
そのため、今回は「肉をあまり食べない人」と「ベジタリアンを自認する人」を明確に区別し、より本質的な価値観の違いを調査しました。

📊 調査の概要
この研究では、アメリカとポーランドで行われた合計3つの大規模な調査データ(合計約3,500人以上)が分析に用いられました。
- ベジタリアンの定義: ヴィーガン、ラクト・ベジタリアン、ラクト・オボ・ベジタリアンなど、さまざまな菜食主義者が含まれました。
- 非ベジタリアンの定義: 肉食者およびペスカタリアン(魚介類を食べる人)が含まれました。
- 価値観の測定: 社会心理学者シャロム・シュワルツ氏が提唱する**「シュワルツの価値理論」**に基づき、「権力」「達成」「博愛」「伝統」など10種類の基本的な価値観が調査されました。

💡 伝統的なイメージとは真逆!ベジタリアンが重視する価値観
分析の結果、3つの調査すべてに共通して、ベジタリアンと非ベジタリアンの間で一貫した価値観の違いが明らかになりました。
⬆️ ベジタリアンが高く評価する価値観
| 価値観 | 定義 | 研究結果 |
| 達成 | 個人の成功や、社会的な基準に沿った能力発揮を重視する。 | 一貫して高評価 |
| 権力 | 社会的地位、名声、他人やリソースへの支配力を重視する。 | 一貫して高評価 |
| 刺激 | 人生における興奮、目新しさ、挑戦への意欲を重視する。 | 高評価 |
⬇️ ベジタリアンが低く評価する価値観
| 価値観 | 定義 | 研究結果 |
| 博愛 | 身近な人々の幸福を守ることに関連する。 | 一貫して低評価 |
| 安全 | 社会や人間関係の安全、安定に関わる。 | 一貫して低評価 |
| 調和 | 社会的な期待を守り、逸脱した行動を抑制することに関連する。 | 低評価 |
| 伝統 | 文化的・宗教的な慣習や思想への敬意や献身を持つ。 | 低評価(※ポーランドで顕著) |

特に注目すべきは、従来の「利他主義的」というステレオタイプと結びつけられがちな「博愛」や「調和」といった価値観を、ベジタリアンが一貫して低く評価していた点です。

👤 「個」を重んじ、社会の多数派から一歩踏み出す意志
これらの結果から、ベジタリアンであることの背景には、利他的な動機だけでなく、個人的な成功を強く志向する価値観が関係している可能性が示唆されます。
ベジタリアンは、**「達成」や「権力」を重視し、新しいことに挑戦する「刺激」を求める一方で、社会的な安定を意味する「安全」や、慣習に従う「伝統」**の価値を相対的に低く見ています。
心理学系メディアPsyPostは、「この結果は、ベジタリアン食の実践が、個性を重視する価値観と大多数から一歩踏み出す強い意志の表れである可能性を示唆している」と述べています。一般的な西洋社会では少数派である食生活を選択することは、社会通念よりも個人の信念を優先する姿勢の表明なのかもしれません。
🌍 今後の課題と研究の限界点
この研究は非常に示唆に富むものですが、いくつかの限界点も指摘されています。
- 因果関係の特定不可: この研究は特定の時点での価値観と食生活の関係を示したものであり、「達成」を重視するからベジタリアンになるのか、ベジタリアンになったから価値観が変化したのかという因果関係は判断できません。
- 地域性の限定: 被験者がアメリカとポーランドに限定されているため、ベジタリアンの意味合いが異なる国や地域(例えば、歴史的に菜食主義が根付いているインドなど)では、異なる結果が出る可能性があります。
今回の研究は、単に「環境に優しい」「動物愛護」といった一面的な視点から菜食主義者を捉えるのではなく、彼らの**「個」を重視し、既存の枠組みに挑戦しようとする深層心理**に光を当てた画期的なものです。菜食主義者の動機に関する議論に、新しい一石を投じる結果と言えるでしょう。
