私たちの体には「免疫システム」という高度な防御機構が備わっています。ウイルスや細菌といった外敵から身を守るこのシステムが、あるとき誤作動し、自分自身の細胞や組織を「敵」とみなして攻撃を始めてしまうことがあります。これが**自己免疫疾患(autoimmune disease)**です。
多発性硬化症や全身性エリテマトーデス、クローン病など、100種類以上もの病気がこのカテゴリーに含まれ、現代医学でもその発症メカニズムの全容は解明されていません。では、なぜこうした疾患が起きるのでしょうか?そして、発症すると体にどんなことが起こるのでしょうか?

🛡️ 免疫の暴走──自分の体を「敵」と誤認する悲劇
免疫システムは、ウイルスや病原体など「異物」とみなされるものを攻撃・排除する役割を担っています。その鍵を握っているのがタンパク質です。タンパク質は細胞内で働く“部品”であり、それぞれが特有の形状と働きを持っています。
通常、体は**「自分のタンパク質」と「異物のタンパク質」**を区別できますが、極めてまれにその区別が破綻することがあります。
この「誤認」が起きる背景には、以下のような要因が複雑に絡み合っています:
- 🔬 遺伝的要素:自己免疫に関わるリスク遺伝子を持っている。
- 🦠 病原体の擬態:一部の細菌やウイルスは、人間のタンパク質によく似た構造を持っており、免疫細胞が混乱する。
- 🤕 外傷や風邪などのきっかけ:免疫を一時的に活性化させるイベントが“引き金”となる。
こうした条件が重なることで、自己免疫を起こしうる“暴走免疫細胞”が活性化し、自分の体に攻撃を開始してしまうのです。

自己免疫疾患が発症するのは遺伝的なリスクだけが原因ではなく、それに加えて大きな不運が引き起こします。

生命の基本的な構成要素はタンパク質です。タンパク質は非常に複雑な形状をしており、その形に基づいて食べ物を分解したりDNAを転写したり特定の化学反応を促進したりと、専門的なタスクを実行します。

人間の体は自分のものではないタンパク質をやっつける機能を持っています。しかし、時として自分の細胞やタンパク質を攻撃してしまうエラーが発生します。これが自己免疫と呼ばれる反応ですが、体内には自己免疫を起こすような免疫細胞を排除する仕組みがあります。

しかし、ごくまれにこの仕組みをすり抜けてしまう免疫細胞が存在します。

また、一部の細菌やウイルスは、私たちの体のものと非常によく似たタンパク質を進化させるものもいます。
⚠️ 自己免疫疾患が引き起こす症状とは?
自己免疫疾患は、発症する部位や症状の現れ方が多様です。
主な疾患の一例とその症状:
- 多発性硬化症(MS):中枢神経系が攻撃され、運動機能や視覚、バランス感覚に障害が出ます。
- 全身性エリテマトーデス(SLE):体全体が炎症に巻き込まれ、皮膚、関節、腎臓、心臓などに症状が及ぶ。
- クローン病:消化管に炎症が起き、腹痛・下痢・栄養吸収障害が続く。
- セリアック病:グルテンを含む食品に免疫が反応し、小腸の粘膜を損傷する。
いずれの病気も共通して、「慢性的な疲労感」や「虚弱」を伴うことが多く、免疫が活動を抑制し体に休息を促していると考えられています。
🔁 自己免疫反応が止まらない理由
自己免疫疾患の厄介な点は、**一度始まると“止まりにくい”**ということ。
一つの免疫細胞が自己の組織に反応すると、それが複製・増殖し、さらに多くの自己組織を攻撃します。いわば、“誤認された敵”が増え続けるスパイラルに陥るのです。
加えて、自己免疫反応は「慢性炎症」を引き起こすため、体に常に“くすぶった火種”が存在し続ける状態となり、症状の波や合併症も現れやすくなります。
🧬 なぜ淘汰されなかった?進化と遺伝のジレンマ
遺伝的に自己免疫疾患のリスクを持つ人がいるならば、そのような遺伝子は進化の過程で淘汰されるのが自然です。ところが、ある条件下では“有利に働いた”可能性があることが分かっています。
例えば、14世紀のヨーロッパで猛威をふるった「黒死病(ペスト)」において、クローン病のリスクを高める遺伝子を持っていた人々は、なぜか生存率が高かったという研究結果が存在します。
つまり、感染症の時代には“過剰な免疫反応”が命を救った可能性があり、これが現代にそのまま“自己免疫疾患の素因”として残されているという説もあります。
🧠 自己免疫疾患とどう向き合えばよいか
現在のところ、自己免疫疾患の完治は難しいとされており、多くは症状のコントロールと炎症の抑制を目的とした治療が行われます。
- 💊 ステロイド薬や免疫抑制剤の使用
- 🧬 生物学的製剤による特定の免疫反応ブロック
- 🍽️ 栄養・生活習慣の改善
- 🧘♀️ ストレス軽減とセルフケアの継続
自己免疫疾患と診断された場合は、信頼できる医師と連携を取り、長期的な視点でのケアが重要です。
🔚 まとめ:体が「自分」を誤解することの怖さ
自己免疫疾患は、まさに「あなたの体があなたを敵とみなす」という、非常に皮肉で複雑な病です。原因は単一ではなく、遺伝・環境・感染・偶然が複雑に絡み合った結果、発症することがわかってきました。
予防や完全な治療法はまだ確立されていませんが、早期発見と適切なケアによって、症状の進行を遅らせ、生活の質を保つことは可能です。体の異変や慢性的な疲労感がある場合は、自己判断せず専門医に相談することが何よりも大切です。