「収入が低いほど結婚しにくい」という話は、日本の少子化や未婚化をめぐる議論でもたびたび登場します。しかし、この関係は世界中で同じように成立するわけではないようです。ポーランドのヴロツワフ大学とアダム・ミツキェヴィチ大学の研究チームが59カ国・7万1169人を分析した研究では、若さ、男性、高学歴、低所得、失業などが独身である確率と関連していた一方、特に「低所得と独身」の結び付きは、その国が個人主義的か集団主義的かによって異なることが示されました。研究は2025年10月に査読付き学術誌「PLOS ONE」で発表されており、経済力だけで恋愛・結婚を説明するのではなく、社会規範や文化まで含めて考える必要性を示す大規模な国際比較となっています。

🌍 59カ国・7万1169人を分析、「独身になりやすさ」を左右する要因とは?
研究チームは、世界各国で価値観や生活状況を調査する「World Values Survey(世界価値観調査)」第7波(2017~2021年)のデータを利用しました。分析対象は59カ国の18歳以上で、最終的に「独身・未婚」「既婚」「夫婦同様に同居」のいずれかに該当する7万1169人を解析。「既婚・夫婦同様に同居」をパートナーあり、「独身・未婚」を独身として比較し、離婚・別居・死別は主要分析から除外しています。さらに年齢、性別、都市規模、学歴、世帯収入、失業の有無といった個人属性に加え、国レベルの文化を「個人主義―集団主義」と「柔軟性―モニュメンタリズム」という2軸で評価し、個人が国の中に入れ子になっている構造を考慮したマルチレベル分析を実施しました。
その結果、独身である確率と統計的に関連していた個人属性はかなり幅広いものでした。ポイントを整理すると以下の通りです。
- 👤 年齢が若いほど独身である可能性が高い
- 👨 女性より男性の方が独身である可能性が高い
- 🏙️ 人口の多い都市に住む人ほど独身である可能性が高い
- 🎓 学歴が高い人ほど独身である可能性が高い
- 💰 世帯収入が低い人ほど独身である可能性が高い
- 💼 失業している人ほど独身である可能性が高い
- 🌐 国レベルでは、個人主義が強く、柔軟性が低い国ほど独身である可能性が高かった
興味深いのは、個人レベルの社会人口学的要因だけで独身状態の分散の38.6%を説明したのに対し、国レベルの2つの文化指標による説明率は5.13%だったことです。一方で国ごとの違いそのものは無視できず、級内相関係数(ICC)では独身状態の分散の22.3%が国の違いに帰属していました。つまり「文化だけですべてが決まる」という結果ではありませんが、同じ年齢・所得・学歴の人でも、どの社会で暮らしているかによって独身との関連の現れ方が変わり得ることがポイントです。

💰 個人主義的な国ほど「低所得と独身」の関係が強くなる
今回もっとも注目される結果が、世帯収入と文化の組み合わせです。研究では個人主義の強い国ほど、所得が低い人で独身である確率が高くなる傾向が確認されました。一方、より集団主義的な国では所得と独身の明確な関連は確認されませんでした。論文のモデルによる推定値では、個人主義側では所得階層が最低水準の場合に独身確率がおよそ42%だったのに対して最高水準では約14%まで低下する一方、集団主義側の極端な条件では所得階層が変化してもおよそ6~7%にとどまります。ただし、これは各国の実際の「独身率」をそのまま示した数字ではなく、他の条件を統計的に調整したモデル上の予測値である点には注意が必要です。さらに論文自身が、所得×個人主義を含む文化との交互作用の多くは小さい、または無視できる程度の効果量だったと明記しています。
なぜ個人主義社会では経済力がパートナー形成と結び付きやすいのでしょうか。研究チームが示す解釈の一つが「自立」です。個人主義的な社会では、若者が親族や共同体に依存するのではなく、教育を終え、仕事を持ち、住居や収入を確保してから本格的な同棲や結婚へ進むことが期待されやすい可能性があります。現代の先進国では教育期間の長期化によって労働市場への本格参入が遅くなる一方、雇用の不安定化、住宅費、債務なども結婚・同居を先送りする要因として先行研究で指摘されています。反対に、親族や共同体との経済的・社会的な結び付きが強い社会では、本人の所得が低くても家族から住居・育児・生活面の支援を受けられたり、結婚そのものに対する社会規範が強かったりするため、個人所得の影響が相対的に弱くなるという仮説が考えられます。ただし今回の研究から、こうしたメカニズムそのものが直接証明されたわけではありません。

🇯🇵 日本にも当てはまる?「結婚したいが経済的に難しい」という問題
この研究を日本に当てはめる際には慎重さが必要ですが、日本でも経済状況と結婚の関係を考えるうえで興味深いデータがあります。国立社会保障・人口問題研究所の「第16回出生動向基本調査」では、18~34歳の未婚者で「いずれ結婚するつもり」と回答した割合が男性81.4%、女性84.3%まで低下しました。一方、現在独身でいる理由には「結婚資金が足りない」「結婚生活のための住居のめどが立たない」といった経済的事情も含まれています。さらに、現在は結婚する意思がない人に「どういう状況なら結婚意思が変わる可能性があるか」を尋ねた調査では、男性の場合、「収入や貯蓄が増える」が最大の理由として21.3%、2番目の理由として27.0%選ばれており、雇用・所得の改善が結婚意思と無関係ではないことが分かります。
さらに実際に結婚した夫婦への調査でも、「収入や住居など結婚生活のための経済的基盤ができた」ことを結婚のきっかけとして挙げた人が11.9%いました。もちろん日本の未婚化を「若者の所得が低いから」の一言で説明することはできません。結婚する必要性を感じない、独身の自由を維持したい、適当な相手と出会っていない、仕事や学業を優先したいなど理由は多様化しています。実際、2021年調査では未婚者のおよそ3人に1人が異性との交際自体を望んでいないという変化も確認されています。経済的制約と価値観の変化が同時進行していると考える方が、現在の日本の状況には近いでしょう。
⚠️ 「貧しいから独身になる」と断定できない重要な理由
今回の研究で特に注意すべきなのは、「低所得だから独身になる」という因果関係を証明した研究ではないことです。World Values Surveyのある時点における所得と婚姻状態を比較した横断研究であり、同じ人物を何年間も追跡したものではありません。しかも使用されたのは個人年収ではなく「世帯収入」であるため、結婚して共働きになった結果として世帯収入が上昇するという逆方向の因果も十分に考えられます。つまり「所得が高い→結婚できた」だけでなく、「結婚した→2人分の収入が世帯に入る→所得階層が上がった」という経路が混在している可能性があります。研究チーム自身も逆因果や双方向の影響を主要な限界として挙げています。
また、「個人主義的な国だから低所得者が独身になる」と単純化することもできません。今回使用された文化指標は回答者一人ひとりの価値観を測定したものではなく、同じ国に住む人全員へ同一の国別スコアを割り当てたものです。同じ日本人、アメリカ人、ドイツ人の中にも当然ながら価値観には大きな違いがあります。さらに独身者も、自ら望んで独身を選択した人、恋人を探している人、経済的事情から結婚を延期している人など極めて多様です。研究では離婚・死別・別居者を独身に含めた追加分析でも大筋で同様の結果が得られましたが、将来的には「なぜ独身なのか」「本人が独身生活を望んでいるのか」といった違いまで追跡する縦断研究が必要になります。
🔎 まとめ:結婚を左右するのは「収入」だけではなく、収入が持つ意味そのもの
59カ国を比較した今回の研究から見えてくるのは、結婚・独身を左右する要因を年収だけで語ることの難しさです。同じ低所得でも、経済的自立を強く求める社会、家族から支援を受けやすい社会、結婚への社会的圧力が強い社会、独身という生き方が広く受容されている社会では、その意味が異なります。研究では年齢や性別、都市規模、学歴、所得、失業と独身との関連に加え、それらの一部が文化によって変化することが示されました。ただし文化との交互作用の多くは小さく、因果関係も証明されていません。重要なのは「個人主義だから独身になる」という単純な結論ではなく、個人の経済状況と、その人を取り巻く社会制度・家族・文化を一緒に見ることで、世界的な未婚化をより正確に理解できるという点でしょう。
📚 参考・出典
- PLOS ONE「Sociodemographic and cultural factors are related to singlehood rates」
- 国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」
- 国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査 単純集計表」
- 国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査 グラフデータ」
