長距離を走っていると、疲労や痛みを感じながらも、突然気分が高揚したり、心地よさを覚えたりすることがあります。この現象は「ランナーズハイ」と呼ばれ、以前から運動による脳内物質の変化が関係していると考えられてきました。
2026年に科学誌『BMC Medicine』で発表された研究では、マラソンやウルトラマラソンを走るランナーの血液を分析した結果、大麻の有効成分と似た働きを持つ「エンドカンナビノイド」が長距離走中に増加することが明らかになりました。研究は、運動による幸福感だけでなく、ストレス調節や疲労回復の仕組みを理解するうえでも重要な手掛かりとなっています。
🧠 ランナーズハイの正体?体内で作られる「天然のカンナビノイド」
エンドカンナビノイドは、人間の体内で自然に作られる脂質由来の情報伝達物質です。大麻に含まれるテトラヒドロカンナビノール(THC)と同じカンナビノイド受容体に作用することから、「大麻に似た物質」と表現されますが、大麻そのものが体内で生成されるわけではありません。特に注目されているのが、幸福感やストレス反応との関連が研究されている「アナンダミド(AEA)」と、炎症やエネルギー代謝などに関わる「2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)」です。かつてランナーズハイは主にエンドルフィンによって説明されていましたが、エンドルフィンは血液脳関門を通過しにくい一方、アナンダミドは脳内にも作用できることから、近年はエンドカンナビノイド系が重要な候補として研究されています。

🔬 42kmのマラソンで判明した体内物質の変化
ドイツのデュースブルク・エッセン大学などの研究チームは、経験豊富なランナー19人を対象に、14kmのコースを3周する42kmのマラソン実験を実施しました。走行前と14kmごとの地点、さらにゴールから45分後に血液を採取し、エンドカンナビノイド濃度と心理状態を調査。後日実施したウォーキング実験とも比較したところ、アナンダミドは走行距離が伸びるにつれて増加し、14km以降はウォーキング時より明確に高い濃度を示しました。 一方、2-AGはマラソン終盤に増加し、どちらもゴール後45分の時点で高い状態が維持されていました。ランナーはウォーキング時より幸福感が高く、不安感が低かったものの、28kmを超えると痛みが大きく増加しており、体内物質の増加が必ずしも痛みの消失を意味しないことも示されています。

📊 100〜230kmの超長距離走でも確認!研究で分かった3つのポイント
さらに研究チームは、100km・160km・230kmのウルトラマラソンに参加した36人についても、レース前後の血液を分析しました。いずれの距離でもアナンダミドと2-AGの増加が確認されましたが、走行距離が長いほど濃度が高くなるという単純な関係は見られませんでした。
- 🟢 アナンダミドの増加: 長距離走中に上昇し、幸福感や不安の軽減に関係している可能性がある。
- 🔵 2-AGの増加: 特に運動後半で目立ち、エネルギー利用や炎症反応、回復過程との関連が考えられる。
- 🟠 ランナーズハイには個人差: ウルトラマラソン参加者36人のうち、実際にランナーズハイを経験したのは12人にとどまった。
この結果は、エンドカンナビノイドの増加だけでランナーズハイが発生するわけではないことを示唆しています。運動強度や体力、心理状態、疲労の蓄積など、複数の要因が関係している可能性があります。

💡 なぜ長距離を走ると気分が良くなる?運動強度と脳の関係
今回の研究で興味深いのは、単に長く走ればエンドカンナビノイドが増え続けるわけではないという点です。マラソン完走後のランナーの方が、さらに長い距離を走ったウルトラマラソン参加者よりも、一部の物質の血中濃度が高い傾向が確認されました。研究チームは、その理由の一つとして運動強度の違いを挙げています。一般的にマラソンは比較的高い強度で走る一方、ウルトラマラソンでは長時間走り続けるためにペースを抑える必要があります。つまり、ランナーズハイに関係する体内物質の変化には、走行距離だけでなく運動の強度も影響している可能性があるのです。ただし、今回測定されたのは血液中の物質であり、脳内での作用や幸福感との直接的な因果関係が証明されたわけではありません。
🏃 ランナーズハイを感じるために長距離を走る必要はある?
- ✅ 短時間の運動でも変化する可能性: 過去の研究では、1時間未満の有酸素運動でもエンドカンナビノイドの増加が報告されています。
- ✅ 運動強度も重要: 適度な負荷の運動が関係すると考えられていますが、最適な強度には個人差があります。
- ⚠️ 無理な長距離走は不要: 今回の研究でも、走行距離が伸びるにつれて痛みが増加しており、ランナーズハイを目的とした過度な運動は推奨されません。
📝 まとめ:ランナーズハイは体が備える複雑な調節機構
今回の研究は、マラソン中にアナンダミドが徐々に増加し、2-AGが運動後半から回復期にかけて上昇するという、異なる時間的変化を明らかにしました。これらの物質は気分やストレス、エネルギー代謝などに関わると考えられていますが、ランナーズハイを経験するかどうかには大きな個人差があります。今後、脳内での作用や運動強度との関係が解明されれば、運動が精神的な健康に与える影響についても、より深い理解につながることが期待されます。
📚 参考・出典
- BMC Medicine:Endocannabinoid dynamics across marathon and ultramarathon running: evidence from two field studies(2026年9月1日)
- PubMed:研究論文の概要・書誌情報
- ScienceAlert:Your Body Keeps Producing Cannabis-Like Chemicals Throughout a Marathon
